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許すまじ 大手葬儀社と僧侶の契約

先日知人の葬儀関係者からこんな話を聞きました。。大手葬儀社は宗派毎に専属僧侶を抱えているが、その内情です[演劇]

①僧侶ははじめに葬儀社に百万円単位で契約金を納める。(契約解除時に返金されない)

②葬儀社から葬儀の依頼がバンバン入る。

③僧侶は通夜葬儀をこなして施主様からのお布施30%を葬儀社に納める。

④僧侶は今後のことは近所でお寺を探してくれと言う。(葬儀社からの依頼を三回断ると無条件で契約解除になってしまうので、極力、法事や満中陰法要など細かい予定に入れないようにする)

こんな無責任な話ってありますか。とんでもないですよ[パンチ]

係わり合った施主様やご家族の心の支えとなり、信頼関係を築き上げて信仰に導いていくのが僧侶の努めでしょう。それを放棄して葬儀社の意のままに葬儀に奔走する僧侶。

施主様は寺院や僧侶への不信が募る。拙寺にも何件かいらっしゃいましたが「葬儀の寺に突き放された」と憤慨していました[失恋]


その知人は最後に「この地域は圧倒的に真宗系契約が多いです。しかし、貧乏だった寺は見違えるように裕福になります」と言っていました[ぴかぴか(新しい)]

財は力をなしますし、拙寺でも財力があれば多様なことにチャレンジできると感じることもあります。バリアフリーにしたい。景観をよくしたい。本堂の椅子を増やしたい。庭の剪定をしたい。シロアリにやられた土台を修復したい等々。存続自体危ぶまれている寺院も多い。背に腹は代えられないのかもしれません。

しかし、僧侶としての規範律に叶っているか。ここが重要なのです。かねてより葬儀や悪徳葬儀社の問題は当ブログでも書いてきましたが、これは仏教界全体で問題提起すべき内容です。


葬儀屋互助会制度のトリックに注意して契約を(改訂)
http://honyouji.blog.so-net.ne.jp/2011-02-26

高槻広宣寺様が悪徳葬儀社に対してに興味深いブログを発信されています 
http://www.kousennji.jp/blog/

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回天搭乗員 塚本太郎大尉の遺言

以下の遺言は人間魚雷回天で散華した塚本太郎様が出撃前にお父様の経営するスタジオで密かに録音していた肉声を活字におこしたものです。

この録音は靖国神社遊就館と呉大和ミュージアムで拝聴することが出来ます。

過去を現在のものさしで測り、批判することは容易ですが、あまりにも短絡的に感じます。。その時代その時代を懸命に生き抜いた人達の息吹を感じ、その心中を酌み取ることこそ最も大切だと思います。

過去を徹底的に卑下否定して今を生きるのが良いのであれば、我々が懸命に生きているこの時代や人々の営みや育みのことも、将来子孫に葬り去られるかもしれない。あの価値観やあの時代は醜いと言って。

私は決して葬り去ることはしない。先人の徳を永遠に語り続けたい。

父よ、母よ、弟よ、妹よ。そして永い間はぐくんでくれた町よ、学校よ、さようなら。本当にありがとう。こんなわがままなものを、よくもまあ本当にありがとう。 僕はもっと、もっと、いつまでもみんなと一緒に楽しく暮らしたいんだ。愉快に勉強し、みんなにうんとご恩返しをしなければならないんだ。 春は春風が都の空におどり、みんなと川辺に遊んだっけ。 夏は氏神様のお祭りだ。神楽ばやしがあふれている。昔はなつかしいよ。 秋になれば、お月見だといってあの崖下に「すすき」を取りにいったね。あそこで、転んだのは誰だったかしら。 雪が降りだすとみんな大喜びで外へ出て雪合戦だ。 昔はなつかしいなあ。こうやってみんなと愉快にいつまでも暮らしたい。喧嘩したり争ったりしても心の中ではいつでも手を握りあって――。 然し僕はこんなにも幸福な家族の一員である前に、日本人であることを忘れてはならないと思うんだ。日本人、日本人、自分の中には三千年の間受け継がれてきた先祖の息吹が脈打ってるんだ。鎧兜に身をかため、君の馬前に討死した武士の野辺路の草を彩ったのと同じ、同じ匂いの血潮が流れているんだ。 そして今、怨敵撃つべしとの至尊の詔が下された。十二月八日のあの瞬間から、我々は、我々青年は、余生の全てを祖国に捧ぐべき輝かしき名誉を担ったのだ。人生二十年。余生に費やされるべき精力のすべてをこの決戦の一瞬に捧げよう。怨敵撃襄せよ。おやじの、おじいさんの、ひいおじいさんの血が叫ぶ。血が叫ぶ。全てを乗り越えてただ勝利へ、征くぞ、やるぞ。 年長けし人々よ、我等なき後の守りに、大東亜の建設に、白髪を染め、齢を天に返して健闘せられよ。又幼き者よ、我等の屍をふみ越え銃刃を閃めかして進め。日章旗を翻して前進せよ。 至尊の御命令である。日本人の気概だ。永遠に栄あれ祖国日本。我等今ぞいかん、南の海に北の島に全てをなげうって戦わん。大東亜の天地が呼んでいる。十億の民が希望の瞳で招いている。 みんなさようなら!元気で征きます。
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法事後の清宴にて~学会員とのやりとり~

拙僧は法事後の清宴に招かれることも多く、施主様始めそのご家族や親戚との交流を大切にしている。法事では皆が功徳を積むとはいっても、法話・法要と、こちらからの一方的なアプローチになりがちだが、その後の宴会では相互が分かち合いながら時間を共有できる。ましてや若い方との接点が少ない中にあって、そのような機会を見逃すわけにも行かない。実際、その積み重ねによって菩薩団に加入してくださった方もあるので、俄然やる気が出る。
[ビール][バー]もっとも、宴会が大好きなのが一番の理由なのだが。[わーい(嬉しい顔)]

先日、清宴でとある参列者が

「浄土宗は南無阿弥陀仏と唱える。あの世へ行きたい。阿弥陀さん救ってくれー。そうすると死にたくなる。鬱病になる。だから法華経を修行しないといけない。しかし、身延の修行は狐や蛇を祀っているので畜生になる。本当に仏界を理解している教団は創価学会」だと。

拙寺地域は浄土信仰が盛んな土地なのだ。

この方は法事の度に折伏と称して周りの方を悩ませるのだが、結構人間味があって拙僧のことも可愛がってくださる。数年来の付き合いになるが宴が進むにつれて拙僧と必ず議論になる。

拙僧
「学会は草創期より相互依存で活動してきた大石寺教義も払拭できず、中途半端。しかも過去の教義清算や活動への自己批判も一際しないで、新教義を布教するのはあまりにも無責任。

ここにいる村の浄土宗信徒は仏教のことなど何も知らない。学んだこともない。興味もない。ただ慣習にならって法事に参列しているだけ。貴方だって入信前はそうだったはず。

しかし、ここの人達が貴方の意見に同調してあなたと同じアナウンスを始めたら、正邪の確証もなく人を引き込むことになる。このことに問題意識や宗教的な懐疑心を抱かないと、世間からカルトと言われても仕方ない。

拙僧は日蓮聖人の教義であっても懐疑心も持つし、教団の高僧の発したことでも疑問を主張できます。既成教団の日蓮宗はそういった教団です。

でも新宗教はたいていそのような心を抱くこと自体タブー。成功すれば御利益。失敗すれば信仰が足らないと言う。批判的なことを主張すれば堕地獄となる。これでは思考停止ですよ。

貴方は法事の度に日蓮宗の法要に参列しています。邪教僧侶との同座は地獄行きじゃなかったのですか?貴方は本当の本尊は板ではなく心の中にあると言うが、貴方の大先輩方は大石寺の板本尊のみが絶対と称していました。教義改革は方便として必要というなら、狐や蛇だって肯定できますよね。諸天の別勧請は法華経への引入方便なのですから。

身延が狐や蛇を祀っているというのも貴方達は何十年来主張していますが、釈尊を礼拝しているのです。法華経を信仰しているのです。狐や蛇は諸天の眷属であって、本尊にしていません。そこも間違っています。悪口をそのまま意味も分からず発している人が多すぎます。

わたしは貴方にとても愛着を抱いていますし、毎回お会いするのが楽しみ。万が一貴方が先立つようなことがあったら葬儀には絶対に出席します。たとえ学会の友人葬であっても。友情を教団に指図される覚えはないのですから」

昨年は大震災で多くの命が失われた。熱心な信仰を持つものもあったと思う。この期に及んで布教と称し、そのような無責任なことを発する教団は看過できない。

ある高僧が

「世間では天罰や業・因縁といった言葉を悪しき趣旨で発言する人がいる。しかし、そのような言葉は絶対他者に投げかけるべきではない。​自己に自問自答するべき言葉であり問題である」

と説法されたことも伝えた。

最後はその方と再会を誓って握手をして別れた。有意義な清宴であった。

以前ブログに記した内容が埋もれてしまったので再掲します

拙僧ブログ「幸不幸を他者に決めつけられたくない」
http://hokkeji.blog.so-net.ne.jp/2007-04-12





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新規HP開設のおしらせ

このたび、日蓮宗公式ポータルサイト上に京田辺市法華寺の新規HPが掲載されました[手(チョキ)]
従来の公式HPと併せてご覧ください[わーい(嬉しい顔)]
また、日蓮宗公式サイトは動画や情報があふれ、つくりも非常に魅力的です。こちらも是非ご覧ください[ひらめき]

京田辺市法華寺(日蓮宗ポータルサイト上) http://temple.nichiren.or.jp/5011148-hokkeji/  

日蓮宗ポータルサイト http://www.nichiren.or.jp/

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名は大切なものだと思います。

 市町村合併で伝統的な地名が消えることにも違和感を覚えた。未​だに「どこそれ」といった地名も多い。当時、母の郷里栃木県氏家​町や喜連川町も合併して「さくら市」となった。桜が有名だからだ​そうだ。命名に際し両者譲らなかったこともあるのだろうが、残念​だった。
 
 泉佐野市が市名売却の是非が問われている。拙僧は反対だ。伝統​や文化をたやすく商品化するのは現代の縮図。松下ですら、あれだ​けもめて、ようやくパナソニックになった。しかし松下は商業だ。地名は違う​。
 
 当山には江戸時代開山上人筆の曼荼羅が格護されているが、そこ​には「山城国綴喜郡大住庄岡村」と今とほとんど変わらない地名が​記されている。それを拝する度に、時代を超えて先師と同じ軸を共​有する喜びを噛みしめている。

日の丸や君が代も然り。御本尊も然り。時代を経て共有している誇りを大切にしたい。
  
 私は名を大切にしたい。名は体を表す。

「妙法蓮華経と申は文にあらず、義にあらず、一経の心なり」 日蓮​聖人『曽谷入道殿御返事』 
  法華寺住職 中紙賢孝日梵
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時にはお金を使うことも必要

こんばんは

現在深夜一時過ぎ、夜更かしブログです[目]

[手(チョキ)]只今お彼岸で皆様からお申し込みいただきました卒塔婆をやーーーーっと書き終えました[手(チョキ)]


それはそうと、卒塔婆の語源って知っていますか[exclamation&question]

サンスクリット語のストゥーパの音写なんですよ!!ストゥーパ→そとうば  何となく分かりますよね[決定]

ストゥーパとは仏塔のことを言います。

お釈迦様が亡くなった後、仏様を恋慕渇仰し、その教えを高顕するために仏塔を建立しました。

仏塔を建立することが「修行」であり「功徳」と捉えるのです。

その後、仏教が伝来した日本でも豪族・貴族・大名などの有力者がこぞって五重塔などの仏塔建立を発願し、功徳を積みました。

ただ、これでは民衆には到底手が出せません。民衆がもっと簡単に功徳を積みたい。

こうして登場したのが木板製の卒塔婆なのです[ひらめき]

卒塔婆にはありがたい経文と、亡き精霊の法号を書きます。

日蓮聖人はご遺文の『中興入道御消息』で

「去りぬる幼子の娘御前の十三年に、丈六の卒塔婆をたてて、その面に南無妙法蓮華経の七字を顕しておわしませば、 北風吹けば南海の魚族、その風に当たりて大海の苦をはなれ、東風来たれば西山の鳥鹿、その風に身を触れて畜生道を免れて都卒の内院に生まれん。 況んやかの卒塔婆に隨喜をなし、手を触れ眼に見まいらせ候人類をや。過去の父母もかの卒塔婆の功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて、後生には父母と共に霊山浄土にまいり給わん事、水澄めば月うつり、 鼓を撃てば響きのあるが如しと思召し候え」

と、有り難い文章を残されています。

我々が卒塔婆を建てると、霊界ではとてつもないことが起こるのです。法華経でも「まさに塔を建てて供養すべし」と起塔供養を推奨されています[exclamation×2]

また、日蓮聖人は別のご遺文でも「我々の口から発したお経が金色の仏様となってあの世の精霊を尋ねて救ってくれる」とも仰っています。

目に見えないものへの畏敬の念を失い、物質に執着しがちな昨今ですが、自らの身を削って他者のために尽くし、卒塔婆を建てたり、お花や供物を購入し、時間と労力を使って寺詣り墓参りに行き、大切な命の源である先祖へ感謝の誠を捧げることは決して「損」ではありません。必ず自らに功徳が還ってきますよ。[わーい(嬉しい顔)]

目先では、交通費、供物代、卒塔婆・お布施ect・・・財布からお金がなくなり、折角の休日をレジャーに行きたいし、これだったらこのお金を自分達のために使った方がよっぽど有効的だし「得」なんじゃないか?と考えることが今時自然なのかもしれません。

仏教の教えや供養の意義などを、皆様に伝えきることができていない仏教界や僧侶は真摯に反省し、いっそう精進してその教えを示していく必要があるでしょう。

最近お寺に納骨をのぞむ相談が多く寄せられます。相談者の事情を聞くと

「親が他界したが費用がかかるし、忙しいので葬儀はしなかった。しかし、遺骨を家に置いておくわけにもいかない。墓地を建てるのも大金がいる。永代供養も費用がかかるので、ただ納骨してほしい」

と言うのです。この方は結局、骨を手放したいが投棄するわけにはいかないので、お寺に預けたというお墨付きがほしいんですね。

拙僧は思わず力が入ってしまい、

「お金お金と言うが、あなた結婚式の時にお金を沢山使ったでしょう。おたくの ”出来の良い”子供が成人するとき、やれ貸衣装?やれ晴れ着購入?記念写真?お金を沢山使ったでしょう。自分へのご褒美といって欲しい物を買ったことはありませんか?今回は育ててくださった親の供養。ここにお金を使えませんか?

どうして大切な親の人生の卒業式にお金をかけられないのですか?どうして葬儀にお金を使うことをいけないことと考えるのですか。当然お金はかかりますよ。費用はかかりますよ。でも重恩の親のために使うのですよ。仏教ではそのような行為を惜しむことを「餓鬼の所業」というのです。

お布施に決まりなど無いのだから、本当にお金がなければ、こちらは一生懸命供養もします。でも、あなたはただケチなだけで、金が惜しいだけ」

と言ってしまいました。こういった話はデリケートなんですよね。僧侶が「お金かかって当然」などと発言すると誤解されかねないのです。拙僧はその方の心の有り様を申し上げたのです。

医者に今晩が峠と言われた母が「一生に一度ダイヤの指輪を指にはめたかった」とうわごとを言えば、夜通し宝石店を探してでも指にはめてやろうと感じるのが人としての情であり報恩だと思うのですが、それですら「もったいない」と一蹴される。

明日無き命に大金は叩けないのだから、死人にはなおさらなのでしょう。不孝ですね。まったく。[バッド(下向き矢印)][パンチ]

紹介する法話、是非お読みください。分かりやすいです。
法話「四恩の大切さ」
http://www.rinnou.net/cont_04/rengo/2006-02.html
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列車中での想い出

 ダイヤ改正の度に、懐かしい列車が姿を消していく。今日も「寝台特急日本海」がラストランを迎えた。報道を見ていると、懐かしくもあり、一時代が終わっていく一抹の悲壮感がある。

 最終列車にホームから「ありがとう」と声がかかる。中には感傷的と捉える人もあるだろう。しかし、その対象が「モノ」であったとしても、感謝を抱く心は実に美しい。

 拙僧も約20年前に免許を取得し、給料をはたいて(当時浅草でサラリーマンをしていた)初めて購入した愛車「カローラⅡ」を手放すときの、あの寂しさは今でも忘れることがない。青春の想い出が全て詰まったような車だった。感謝を込めてワックスを塗って送り出した。今でもたまに同車種を見かけると、ふと自分が乗っていた車を思い出してしまう。

 仏教には「草木国土悉皆成仏」という考え方がある。チベット仏教ではそのような捉え方はしないようだが、ダライラマ法王は日本仏教のその思想に深く感銘を受けて、シフトチェンジしたと聞いた。さすが法王は固執していない。時代に敏感である。

 モノであっても自然であっても成仏するといった思想はいっけん非現実的のようだが、これからの時代に必要な考え方だと思う。現代日本は自分自身が生きるのに必死なあまり、自分本意の生き方に徹し、人の気持ちや、他者からの恩・善意、目に見えない神仏や先祖を意識しない傾向にある。他力本願なのに自己主張はしっかりする。してほしい(得)のに、し返さない(損)。

 あらゆる価値観が尊重される良い時代?なので、屁理屈も多い。自分が身を削って他者に喜びを与えることを「無意味・損する」と思う人が増えてしまった。モノも心も消費されるだけ。

 話がそれた。学生時代に「ムーンライトながら」という夜行に乗車した。定刻通り東京駅を出発。まぎゃくの席に座った老人はビールとちくわを用意した。夜行旅情を楽しむには欠かせないアイテムだ。品川を過ぎ、川崎に差し掛かろうとしている。その老人はまだ、ちくわの真空パックを開けられずにいる。横浜に着いた。結局開けるのを諦めてしまった。

 私はその老人に話しかけてちくわをスッと開けてあげた。老人は嬉しかったのか、自分の用意した酒やつまみを私にすすめてくれる。結局私の用意した酒やつまみも混ぜて楽しい夜行車中談義が始まった。いつしか話は戦争の話へ。先人の大変貴重な話だった。気がつくと一睡もせず名古屋。私も老人もあくびをしながら別れた。懐かしい想い出である。日本海の報道を見て思い出した。

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開かれたお寺づくりと正しい情報を定期的に発信すべき!

 先日京都府綾部町在住の面識のない男性から電話をいただきました。そして、遠路、当山までお越しいただきました。

「人生の壁にぶつかり、仲間を突然失い、生きる意味を模索してきた。上座部仏教やヨガや座禅などあらゆる宗教を試したが、自らの心の隙間を埋めるまでには至らなかった」

 「あるとき、偶然書店で日蓮聖人の本を読んだ時、その生き方に強く共感し、涙が溢れて止まらなかった。世法ではなく信仰を貫き、いかなる困難をも他者に原因を求めることなく、真摯に人生を歩まれた姿に勇気をもらい、日蓮聖人や信念の拠り所になった法華経を勉強してみたいと思った」

 「具体的には日蓮聖人が佐渡に流罪されたとき、鎌倉の弟子が赦免運動を展開しようとした。これを御祖師様は、迫害は経説の通りで自らは寸分の曇りもないと運動を拒否された。また、赦免後、幕府が大幅に譲歩し、宗門公認や広大な一等地を寄進するという、飛びつきたくなるような条件も拒否、幕府の思惑、つまり、信仰本意ではなく、表面的な宗教利用を見抜かれての行動だったなど」

「世の荒波に振り回されている自分にとって明確な道しるべになった」

 御祖師様が仮に世法を優先していたら、今の日蓮宗は味付けの薄い料理のようになっていたのでしょう。

 ここで彼が言っていたのは、家の近くにも多くのお寺があり、日蓮宗もある。しかし、ハッキリ言って近寄りがたく戸惑っていたところ、拙寺のブログに出会ったそうです。

 拙寺ブログは、真面目なことの他に、檀家さんとの出来事や想い出、、夕食後に住職を尋ねて一緒にラーメンを食べに行ったとか、宗教とは関係がない、くだけたこともアップしてあり、少し恥ずかしくなるような気もしていましたが、これがきっかけで少々遠いが、意を決して連絡してみようと思いったそうです。それでもかなり緊張したとのこと。

 物腰の穏やかな彼ですが、内に秘めた情熱に深く心をうたれました。そして、ネットには多くの情報が氾濫しています。中には日蓮の名を冠したカルトまがいの新宗教や団体も多く存在します。

 書店にも、あらゆる団体が発行出版した本が陳列されていて、慎重に選択しないと、誤った情報を受け入れかねません。

 その中で、よく拙寺にご連絡いただけたことは仏縁だと思います。彼を失望させることのないよう、精一杯精進したいと思います。

この仏縁を無にすることなく、失望させることなく努めて参ります。そして、今後も正確な情報を発信していきたく存じます。 合掌 


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3月11日が近づいてきました

 フェイスブック上で、3月11日に開催される京都マラソンに反対する日記を発見しました。

 以前著名人が震災後翌月のディズニ​ーランド再開時に一万人が行列し、子供がはしゃぎ、へらへらする​親の映像にふれ

 「未曾有の大災害が眼前に広がっているにもかかわ​らずが、いまだ同じ論理で生きる国民に警鐘を鳴らし、本当の復興​をしようと思えば「価値観」そのものを変化させる必要がある」

 と​発言したことを思い出しました。花見自粛の問題もありましたが、​慮る行為が大切と思い、当山では檀家さんと慰霊法要後、地味に行いました​。

 京都は送り火問題もありました。種々意見はありますでしょうが、拙僧もこの日付選考には感心していません。まだ一周忌ですので、少なくとも当日の午後​はしめやかに過ごしたいものです。 
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信仰のあり方

こんにちは
年末年始と多忙を極め、なかなかブログを更新できません。お許しください。

フェイスブックは「中紙賢孝日梵」で検索できると思います。利用なさっている方は是非友人になりましょう。

数年前に伏見在住のMさんから電話があった。

「法華経を修行したいので定期的にお寺に伺いたい。お題目を唱えて先祖供養もしたい。御本尊もお祀りしたいとも考えている。ただ、現在生活が苦しくて、職も流動的なため、その時に応じた布施供養しかできないが構わないですか?」

勿論二つ返事で来寺を促した。

その男性は毎月お寺に参拝する。体調の悪いときや仕事の融通がきかないときも、何とか参る努力をし、無理な場合は電話をくださる。財政的に厳しいにも関わらず、ひとつき空いた翌月は空いた分を足して若干お布施が増えている時もある。

息子の安穏を願って献灯料を供えることも。

今日もその方が参拝した。

「いつも丁寧に供養していただいて申し訳ないので自我偈とお題目だけ唱えてくだされば結構です」と仰る。

財政的なことで遠慮しておられるのだと感じたが、いつも通り法要をさせていただいた。

帰りがけに「気持ちがスッとしました。また一ヶ月頑張ります」と嬉しそうに帰って行った。

最近は新興宗教が流行る。自分の目的や夢を達成させるために、その手段として一生懸命信仰するが、先祖を敬ったり、他者の幸福を願ったりと、空気のように目立たないが、息をするように大切なことがおろそかになる。

現代人は自分のしたいこと・興味のあることを一生懸命して満足する。しかし、本来なすべき事を無視していることも多く、それでは本質を見いだせない。スタンプラリーと同じだ。

Mさんのような平凡な日常行動に本物の信仰心を見出すとき、法悦に浸る。

最後に先日参拝した靖国神社の絵馬に
「娘にとって最善の道を歩むことができますようお導​きください 母」とあった。 合掌 住職日梵

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天皇誕生日によせて

 今日は天皇誕生日。幼少の頃、亡き父に連れられて参った一般参賀を思い出します。​当時は先帝ご誕生の4月29日でした。とても沢山の人の列が連な​り手には日の丸。二重橋から皇居内に入りました。今思うと皇居の​中は伊勢神宮の内宮のような佇まいです。
 宮殿前ベランダを皆が見上げる。「間もなく天皇陛下がお出まし​になります」アナウンスが入る。それと同時に旗の音と人々の声。​球場やコンサートにで聞く歓声とは明らかに違う。まさに「歓喜の​声」でした。陛下がお話しになる御振る舞いを察知するや一瞬に静​寂、そして再び歓喜。
 ふと隣を見ると老父を支えながら参拝に来ている息子。私の父は​その息子さんの姿を見て目を潤ませていました。
 あれから30年以上経ちますが、拙僧は他界した父に親孝行がで​きただろうか。いつの日か父の位牌を抱いて一般参賀に上がりたい​。

謹んで今上陛下のご生誕をお祝い申し上げます。南無妙法蓮華経
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ウォーキング再開~仮城宝処の譬えばなし~

住職日梵です

 昨年十月より、危機感を感じ、ウォーキングを開始しました。距離は1日6~12㎞ 法華寺~松井山手駅二往復。三日坊主を克服し、半年継続したものの、気温上昇とともに自然に中断してしまいました。

 しかし、八キロ減も数ヶ月で元に戻り、再び再開しています。今日は二往復。足は痛い腰は痛い。最悪でしたが、目的に向かってがんばります。

途中、花住坂のファミリーマートでお茶を購入して一服します。ヘルシア緑茶や黒烏龍茶をいただきます(笑)
結構リラックスできますよ!

ここで急に真面目な話。


法華経の化城諭品第七には化城宝処のたとえ話があります。

 ある旅人たちが五百ヨージャナ(ヨージャナとは古代インドの単位。由旬ともいう)というとても遠い場所にある宝を求めて旅をしていました。しかし、行けども行けども先が見えません。投げ出してしまおうか?歩みを止めてしまおうか?すると、仲間の中で優れたリーダーが300ヨージャナのところに幻のお城をつくり、仲間をを休ませます。リフレッシュした仲間たちは再びやる気を取り戻して、ついに宝の場所へと到着することができました。

 これは真実のさとりの世界。すなわち法華経に説かれる霊山浄土に至ろうとするも、煩悩や欲に邪魔され、挫折しそうになります。そこですぐれた指導者、親のような存在である仏様が、我々のレベルに合わせて多くの教えを説き、いったんは安住させます。そしてあらためて本来の目的である法華経の修行、霊山浄土へと導いてくださる。

多くの経典の中が存在する中で、真実の修行、涅槃成仏は法華経にあると示されたたとえ話です。

今の拙僧にとってファミリーマートは仮城といったところでしょうか。

ふざけてスイマセン。合掌

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素晴らしい葬儀と最近の傾向

 昨日、師僧の自坊で葬儀の役僧を依頼されました。故Gさんは信行会の会長を務められるなど、寺門興隆に絶大な貢献をなさった方で、いつ訪ねても必ずお寺にいらっしゃいました。人柄も明るく、心から菩提寺を愛しておいででした。拙僧も出家得度以来大変お世話になり、報恩も込めて全身全霊で霊山往詣を祈念いたしました。

 当日は親族関係者はじめ、信行会員が総出で参列、出棺時は勇壮な団扇太鼓の音色、皆で声浪々とお題目をお唱えしました。喪主の息子様の挨拶で「頑固な父でしたので、よく衝突することもありましたが、今日、皆様の温かな御心に触れて、父の家族では感じ得ない部分を評価していただいたことを認識し、感謝の気持ちで一杯です。」と仰いました。なくなったお父様が心の中に蘇った瞬間ですね。葬儀ってやはり必要だと思います。
 
 太鼓を叩きながらふと思った。十数年前の華やかな落慶法要、笑顔に満ちた檀家さん。副住職が荒行から帰山した際の誇らしい瞬間。そして今回の葬儀と、お寺って一つの空間で色々な相があるけれど、人生の卒業式を愛すべき我が寺で厳修できた故Gさんも生きた関係者も皆笑っているかのように見えました。
 
 最近は直葬と言った便利な言葉がありますね。そのような言葉を誰が考案したのか?ペットが亡くなり供養する人が増えていますが、動物の直葬が減り、人の直葬が増える。変な世の中になりました。

 皆様はその言葉に救われているのでしょうか、惑わされているのでしょうか。現代日本人は瞬間に囚われ、ただ生きているだけの者が多いのか、誕生日や結婚式、成人式は派手にしても、葬式はしない。他者からの恩を消費だけして報ずることをしない。自分本意に生き、自分の為だけに物質を消費する。遺族はサラッと「直葬しましたが四十九日はしたい」と言う。形だけで心が伴わない儀式などそれこそ無意味。
 
 ある方は「成仏するためには四十九日をしてやらないといけないと聞いた」という。なら、どうして葬儀してやれなかったの?曰く「時間と費用を節約した。最近はみんな直葬が増えているらしいから」と。現代人はけっこう霊やお化けを気にするしスピリチュアルだのパワースポットだの言いますが、ここで故人が化けて出ることは考えなかったのかな?
 
 人として心を養う機会が葬儀や供養なのだと思います。そして、自他共に仏道を成ずると言うように、皆の真摯な祈念が故人の魂を宗教的救済世界に安住させ浄化成仏するのです。煩悩に惑わされ、執着心を残し、顛倒する衆生の魂は、未浄化の風になるか、輪廻の渦に呑み込まれてしまう。

 故Gさんは千の風にならずに霊山浄土に安住したことでしょう。そして我々をお見守りくださるでしょう。
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本堂で聞くクラリネット四重奏団「秋のコンサート」ご案内

この度、法華寺菩薩団では、少しでもお寺を身近に感じ親しんでいただく為、シタール演奏会以来、3年振りに本格的なクラリネットコンサートを企画いたしました。[演劇][るんるん]

演奏者四名はプロのミュージシャンです。[るんるん]その中で3rdクラリネットを担当される村西俊之さんは法華寺菩薩団員なんです。[わーい(嬉しい顔)]

当日は日頃お世話になっております皆様へ感謝の意を込めて、入場は無料とさせていただきました。[黒ハート]

菩薩団員一同、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。ご不明な点は遠慮なくお問い合わせください。

詳細は画像をご覧ください[exclamation×2]

日時 平成23年10月23日 午後2時開演(午後1時開場)

会場 京都府京田辺市大住岡村61 日蓮宗法華寺

定員100名

[ひらめき]入場無料[ひらめき]

[演劇]駐車場に限りがございますので、できるだけ公共交通機関をご利用ください。[電車][バス]


少々見づらく申し訳ないです[ふらふら]
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「初盆を迎える震災受難の精霊を精一杯もてなそう」大津と京田辺の「菩薩団」が盂蘭盆灯火会開催

 大津市本要寺と京都府京田辺市法華寺の両信行組織「菩薩団」は8月20日、修養道場と盂蘭盆灯火会を京田辺市法華寺で開催した。
 
 この道場は今年で六回目を迎え、毎年見えないものへの畏敬の念を育んでもらうことを目的に開催しているが、今年は震災犠牲者の鎮魂をテーマに開催。
 
 当日は、会場寺院の法華寺菩薩団が中心となって竹灯籠の準備と当日振る舞われる二百人分のカレーライスや各種出店の準備を行い、その後、鎮魂法要で奉納する団扇太鼓や読経の練習をした。また、参加者全員で震災犠牲者・行方不明者合計数の折り鶴を作製し、御宝前に奉納した。
 
 なお、当日奉納された東日本大震災鎮魂竹灯籠の収益は義捐金として全額被災地に送られた。
 
 盂蘭盆灯火会には両寺檀信徒が多数参加し、地域住民約百人も参加した。

 当日はあいにくの雨模様となったが、法要に参加したネパール国出身のジョシ・サンブ・ラル氏は「ネパールでは法要中に降雨することは瑞象とされ大変有り難いこと。慈雨が法華経の道場に注いだ」と語った。
 
 住職は「日蓮聖人は四恩を知って恩に報いるべきと説かれました。現代人は不孝の民になりつつある。今こそ自分本位の生き方をあらため、この盂蘭盆には先人を精一杯おもてなしし、国を愛し、全ての生命を重んじ、日々清らかな心で生活しましょう」と語った。
 
 本要寺と法華寺は同じ住職のもと信行に励む仏縁から、多くの交流活動を展開している。

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感動した動画です。

警察・自衛隊に小さな声援

http://www.youtube.com/watch?v=KhDN-IVfgjQ

戦時中、戦地に赴いた多くの先人も大切な人を守ろうと出撃した。知覧でも子供が精一杯送り出したと聞く。

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さあお盆!精霊が帰ってきますよ!

 お盆はご先祖様がなつかしい故郷に戻る大切な期間です。先人は目に見えないご先祖様に思いを馳せ、お盆になると家族でワクワクしながら精霊を迎えました。仏壇には山海の珍味を供え美味しく召し上がっていただき、夜は盆踊りを精霊と共に楽しみ、ご先祖様には現世でゆっくり静養していただけるよう心がけました。子孫は改めて自らの命の尊さを感じ、我々の命の根源であり、先に同じ尊い命を終えたご先祖様の営みに深い畏敬の念を抱きました。
 本年は東日本大震災犠牲者の初盆を迎えます。無念にも恐怖の中で犠牲になられた多くの精霊が故郷にお戻りになります。
 法華寺ではお盆期間中全山あげて震災犠牲者を含めた全霊位に最高のおもてなしを勤めたく思いますが、皆様のご家庭でも今年は特別な思いでお盆期間をお過ごしいただきますようお願い申し上げます。
 たとえ少しの時間でも法界精霊に草鞋を脱いでいただき、心のこもったおもてなしを心がけましょう。お題目の功徳力によって得道成仏への縁を結び、安らかに復興をお見守りいただきましょう。代受苦意識をもって被災者の辛苦を考えましょう。    
「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になりたもう。上七代、下七代、上無量生、下無量生の父母等、存外に仏となりたもう」 ~日蓮聖人『盂蘭盆御書』~

盂蘭盆灯火会の一コマ
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京田辺市法華寺 盂蘭盆灯火会(送り火)のご案内

☆緊急提言 多くの祈りを!東日本大震災慰霊・被災地復興祈念☆

●精霊は回向修行を心待ちにされております。
  
●老若関係なく、自分が来世に旅立つ際の徳積ができます。

●世知辛い世の中にあって、伝統的な文化を感じ、心に安らぎを保つために。

●お子様の夏の思い出に。情操教育の一環として。

●日々の生活で、身体の汚染されたマイナスエネルギーの浄化。

故人様を偲び功徳を回し向けるためにも、ご自身の息災延命のためにも、ご家族・ご親戚・ご友人の氏名にて各々、送り火・竹灯籠を献灯していただきますことをお勧め申し上げます。一人でも多くの皆様に献灯していただきますことを、心よりお願い申し上げます。

法華寺檀信徒の有無・宗派を問わず、灯火会に賛同していただきます方は、ご近所、ご友人、ご親戚、お子様等お誘い合わせのうえ、お詣りくださいますよう、ご案内申し上げます。

※竹灯籠1基につき1000円の灯籠料を賜ります。より多くの皆様に供養していただく為にも、どうぞ宗派を問わず各人にお勧めください。8月13日必着で法華寺に申込書を郵送いただくか、EメールやFAXでの申込みも承ります。
 
申込ごとに竹灯籠を用意して火を灯し、法要中に住職が読み上げ供養を行います。 

[fax to][メール][phone to]申込書(サンプル)

住所・氏名・電話番号記入

○○院○○信士   施主 法華太郎
○○家先祖代々  施主 法華花子
身体健全     願主 法華二郎

計三本申込みします。

「震災慰霊 義援灯籠」建立のお願い

震災犠牲者慰霊の竹灯籠収益はすべて義捐金となります。(一基1000円)

通常の竹灯籠とは別にご協力を賜りますようお願い申し上げます。

●日時場所

平成23年8月20日(土)法華寺境内にて(雨天決行)

午後5時より 随時、来寺者に食事飲料のご提供
  
午後6時30分 竹灯籠を点火し、灯火会大法要並びに霊位読み上げ

●食事提供内容(全て無料)

・当日は信行組織「法華寺菩薩団」よりカレーライスのご供養がございます(おかわり自由)
  
・フランクフルト・コロッケ・かき氷等のご供養もございます。

・飲物もビール・ジュース他、揃えております。 ※運転の方はアルコールをご遠慮ください※ 

[晴れ]・お子様にはお菓子袋をプレゼント!![晴れ]

●竹灯籠申込先

<郵送先>  〒610-0343 京都府京田辺市大住岡村61 法華寺

<FAX>   0774-64-6890

<Eメール> hokkeji@sd6.so-net.ne.jp

●当日参拝できない方 灯籠料・お供え振込先  

下記口座をご利用ください。その際『灯火会』と記載してください。

《郵便振替口座 00940ー2ー116582 法華寺》

※駐車場は台数に限りがございますので、できるかぎり公共交通機関をご利用いただくか、自動車ご利用の場合は、乗り合いにてご来寺くださいます様、ご協力お願い申し上げます。

※多くの皆様に集っていただき、末永く当行事を存続するため、祈願料以外に各自、任意での お布施(お供え)のご協力をお願いしております。

お問い合わせは 0774(62)1975 法華寺まで

昨年の灯火会の様子
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金のなる木

●お金に不自由しない人

1  感謝の生活をする人
2  収入以下で生活する人
3  賭けを当てにせぬ人
4  独立自尊心が強く、責任感のある人
5  仕事を趣味とする人
6  一事を貫く人
7  常に節約する人
8  金や物を大切にする人
9  他者の幸せを悦び、すすんで施しのできる人
10  常に神仏を敬い、信仰の浮気をしない人

●お金に不自由する人

1  常に不平不満を言う人
2  見栄を張り贅沢する人
3  一攫千金を夢見る人
4  依頼心・依存心が強く、人任せの人
5  朝寝道楽の強い人
6  三日坊主の人
7  常に借金をする人
8   金や物を粗末にする人
9   自分の為に打算的で他者に施せない人・ケチ
10   欲の為に神頼みしコロコロ信仰の浮気をする人


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東日本大震災 法華寺本堂を祈りの場としてご活用ください。

 京田辺市日蓮宗法華寺では今般発生いたしました東日本大震災に際し、全山あげての支援を心がけておりますが、本堂には四十九日を経過し、震災総犠牲者様の本位牌を安置しております。

 京田辺市近辺にお住まいのご遺族様や関係者様、また、祈りを捧げたい善男善女には法華寺本堂を自由にご参拝いただければと存じます。
 
 本堂は日中開堂しておりますので、本化の道場を遠慮なくご活用ください。

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プラナフローヨガ with ハイダーアリ at 京田辺市 日蓮宗法華寺

法華寺ではヨガインストラクターハイダーアリ師(http://www.spirityogastudio.com/)主催のヨガ教室を開催いたします。今回は法華寺が直接主催者ではありませんが、縁あって道場を提供させていただくこととなりました。インド伝来の本格的なヨガ・祈りを通じて心身共にリフレッシュするとともに、他者への慈しみを育む瞬間になれば幸いです。

開催要項
ぜひこのクラスに参加して、こころを解放し、元気をチャージしましょう! 
会場となる法華寺は、空気の澄んだ自然あふれるお寺。都会の喧噪から離れ、心身ともにリフレッシュできるでしょう。
そして、参加者全員一丸となって今回の大震災被災地へヒーリングパワーを送りましょう。
ヨガ初心者の方からインストラクターの方までどなたでもご参加いただけます。お友達をお誘いの上、たくさんの方のお越しをお待ちしております。
 
[日時]:5月31日(火)9:30〜11:30

1) 会場→http://search.jword.jp/cns.dll?type=lk&fm=127&agent=11&partner=nifty&name=%CB%A1%B2%DA%BB%FB&lang=euc&prop=500&bypass=2&dispconfig=
 法華寺 京田辺
    京田辺市大住岡村61
0774-62-1975
法華寺 京田辺 で検索できます。

2) アクセス
    JR東西線 大住駅 (京橋より快速で33分)
    大住駅より徒歩10分
    駅よりご案内しますのでご希望の方は8:50に大住駅にお越しください。
    (お申し込みの際その旨お伝えください。)
    タクシーをご利用の方は大住駅より 山城ヤサカ交通にご連絡ください。
    0774-55-0700

3) 受講料
   3000円
お一人につき500円を、日本赤十字社を通じて、東日本大震災義援金として被災地へ送らせていただきます4)

ワークショップ後 境内で昼食をとる方は各自お持ちください。

5) お問い合わせ お申込みは ヘンプヒル千恵までお願いします。
090-1226-4475 treasure-smhn1994@i.softbank.jp
yoga.chie.hemphill@gmail.com


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東日本大震災に於いて被災された皆様へ

この度の大震災に際し衷心よりお見舞い申し上げます。

震災犠牲者様の回向・被災期間中に年忌に当たる霊位回向・日々生活においての各種祈願その他 なんでも。遠慮なく京田辺市法華寺にご連絡ください。遠方ですが精一杯祈ります。 心は皆様と共にありたいと願っております。 

※財施は不要です。ご心配なくご用命ください。

連絡先
610-0343 京都府京田辺市大住岡村61 日蓮宗法華寺

電話   0774-62-1975

アドレス hokkeji@sd6.so-net.ne.jp  

可能な限りで構いませんので回向・祈願の内容をお伝え下さい。必ずお祈りいたします。
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法華寺永代供養施設「久遠廟」のご案内

新しい墓地の有り様を提案いたします!

法華寺久遠霊廟は合同で納骨されるシステムのお墓で、宗旨・宗派は問いません。

今や個人で墓地を購入し、費用をかけて墓石を建立しても、子孫が仕事や学校の関係で当地を離れることも多いようです。そして子孫は墓参に行くのも遠いなどの諸問題から、お参りに来なくなる。そうすると、いつの間にか無縁仏になってしまう。こういうことが多いようです。こんな寂しいことはございません。そのような理由から近年は墓地建立を思いとどまっている方が多いのではないでしょうか?
 
しかし「法華寺久遠廟」なら心配は無用です。

申込みいただいてから法華寺が皆様の墓所そのものになります。そして、永遠にご遺骨をお守りし、歴代住職が日夜、読経・お香・お花・お灯明・お供物などで給仕いたしますので、皆様は安心して日々の生活を送っていただけます。

勿論、お寺に「預けっぱなし、任せっぱなし」というのではなく、御家系の墓所として皆様にも御給仕いただけます。

同時に、お寺と仏縁を結ぶことで、生きた仏教を人生の糧・拠り所として、自身に取り入れ、苦楽関係なく充実した生活を営むこともできます。

他人と一緒に納骨されることを嫌う方も多いようですが、仏様の教えは貴賤上下を選ばず等しく仏の慈悲に抱かれながら浄土に往詣する教えです。仏様の教えに基づいてお祀りするのですから、それほど素晴らしいことはありません。
 
納骨される霊位は法華寺永代過去帳に記載され、本堂永代供養壇に本位牌を安置、本骨を久遠廟に埋葬(分骨を本堂内永代供養壇に納めることも可能です)末代まで護持いたします

33回忌まで春季と秋季の年二回、永代供養霊位追善法要を厳修します。33回忌以降もご先祖様として末代まで供養いたします。
 
年忌法要を希望される方は別途申込みいただけます。

詳しくは 京都府京田辺市大住岡村61 日蓮宗法華寺 電話番号 0774-62-1975までお問い合わせ下さい。

本堂内 永代供養壇
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永代供養塔「久遠廟」
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東日本大震災慰霊・犠牲者葬儀のご案内

東日本大震災の犠牲者はおそらく数万人規模になると推測されます。多くの方は身元確認も難しく、遺体の埋葬についても火葬に限界があるため、現時点では自治体判断で土葬される場合もあると報道されています。当然の如く、通夜・葬儀も執り行われることなく、合同慰霊といった形での供養となるでしょう。
 日本の寺院数は約八万件。この数はコンビニや郵便局より圧倒的に多いのです。
それなら供養対象者は不明でも、全国の寺院で檀信徒様・宗派問わず志のある方に参列していただき、現時点で死亡が確認されている霊位の供養を勤めれば犠牲者への葬儀をサポートできます。

命の尊厳、その延長線上に死者供養があると拙僧は考えます。祈りを通じて敬意を表すことは、現時点で我々にできる支援の一つかと考えます。
 このことを緊急提案として拙僧ツイッターに投稿したところ、多くのご寺院様より共感連帯の動きが見られました。よって法華寺でも下記日時に犠牲者の為の葬儀式を厳修申し上げます。皆様も是非慰霊のためご参列ください。
日時 3月20日(日) 午後2時30分から

場所 京都府京田辺市大住岡村61 日蓮宗法華寺

法華寺本堂にて被災者の安穏、行方不明者の無事祈願、現持点での犠牲者葬儀を勤めます

当日は1時30分から彼岸法要を厳修しておりますので、引き続きお勤めいたします。また、当日法要の喜捨お布施は義援金として全額寄付いたします。

駐車場には台数制限がございます。出来る限り公共交通機関をご利用下さい。

問い合わせ  0774-62-1975 法華寺
ホームページ http://www009.upp.so-net.ne.jp/hokkeji/

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拙僧はまだまだ人格修行がたりません

スーパーに行ったら三陸産塩もみ生わかめが販売。御宝前に供え供養しようと購入したが手に取った瞬間漁師さんの温もりを感じたような気がした。涙がこぼれた。普段何も思わなかったのに・・・ありがとう

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緊急提言(大震災) 全国のご寺院様へ

今回、大震災の被害者はおそらく数万人規模になると推測されます。遺体の埋葬については自治体判断で土葬、おそらく合同慰霊となります。勿論通夜・葬儀をしてあげることも不可能です。

日本の寺院数はコンビニより多い約八万件。

それなら全ての寺院で、供養対象は不明でも通夜葬儀を厳修しようではありませんか。

各ご寺院の檀信徒様にご列席を願い謹んでご冥福を祈ろうではありませんか!!!

滋賀県大津市日蓮宗本要寺 京都府京田辺市日蓮宗法華寺  住職 中紙賢孝日梵
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東北地方太平洋沖地震

被災されました皆様に対し謹んでお見舞い申し上げますとともに、犠牲者の皆様の成仏をご祈念申し上げます。今こそ自分本位を捨てて身命を惜しまず他者のために祈りましょう。行動しましょう。未曾有の国難に勇気を持って立ち向かいましょう。米国の友人からもメールを頂戴しました。

I miss you and think of you often. We were very sad to hear about the earthquake and tsunami in Japan. We are saying prayers for everyone to be safe and for your wonderful country to recover quickly.
We are sending you big hugs from New York.

世界中の人も日本に向けて祈りを捧げてくださっています。
 
立正安国 南無妙法蓮華経   京田辺市日蓮宗法華寺住職  中紙賢孝日梵
  
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葬儀屋互助会制度のトリックに注意して契約を(改訂)

 
 最近セレマが「互助会に入会し、毎月一定額を支払う事で葬儀が出せる」と、しきりに勧誘していますが、非常に問題が多く、そこには巧みなトリックが隠されています。身近な問題を一部紹介します。

①積立金は祭壇費用にしか運用できない。
②積立金をオトリにして顧客を拘束している。
③遠方の葬儀屋指定僧侶を斡旋してくる。

①② 寺院葬は正式な本堂設備を使用するので、仏様が眼前に見える生花に囲まれた白木祭壇なし(この分だけでも大幅に安価)葬儀に定評だが、互助会に加入していた檀家さんが寺院葬を希望された時、「積立金は祭壇しか利用できない」といってセレマ会館葬を強要された。これでは積立も無意味。他社と比較もできない状況で言われるがまま葬儀費用が膨らんでいきます。結局この檀家さんは解約費用を払って法華寺で葬儀をしました。白木祭壇は再利用なので、「互助会は皆様の為でなくセレマの為に運転資金を積み立てているようなもの」なのです。
 
③ 斡旋僧侶を強要してくる。実際に八幡の方が京都市内の僧侶を斡旋され、自宅から近い法華寺を希望されたにも関わらず担当者が難色を示し、結局自ら電話してこられたのです。
 
 葬儀社から葬儀を紹介され、専属のように葬儀をする僧侶もいるようです。葬儀社と斡旋僧侶との間に何らかの契約があるのでしょう。

 契約には十分注意して、しっかり判断した上でするように。
 
 
拙寺にも、ある葬儀社が来寺し、「会費を月三万円払ったら葬儀を紹介する」と勧誘された事がある。

 また、以前葬儀をサポートするNPO法人から連絡があり、大阪の方でどうしても僧侶寺院が見つからず困っている方がある。生活に困窮していてお布施も少額しか出せない。拙僧はその時東京にいて、法務があったので難しいとお断りしたが、困っていると言われれば行かないはずがない。
 
 新幹線往復と自家用車を使って枕経に伺うと、格別困窮している様子もなかったが、担当葬儀社の男性が「今度はタクシーで来てください」と言う。理由を尋ねると「駐車場所がない」と言う。家の前にだいぶスペースがあるようだがと再度訪ねると「親族が駐車するので僧侶の場所はない。タクシー代は布施に含まれていると思ってくれと」言う。

 お寺からだとかなりメーターが上がるし、困惑するとさすがに喪主が「お迎えに伺いましょうか?」すかさず葬儀社が「それはなさらないで結構です」と言う。喪主から葬儀後の供養やお布施の相談を受けても葬儀社が毎回口を挟む。

初七日まで無事に終わり四十九日に開眼する黒塗位牌の用意を任される。寺院が注文すると割引率が高いので、安価で位牌を作ることが出来る。喪主にも喜んでいただけるだろうと伝える。


東京に戻り、今回の一件が気になったのでより良い葬儀をサポートするというNPO法人を訪ねた。経営コンサルタント会社の一室に事務所がある。

NPO法人担当者曰く
①次回から紹介させていただく場合はお布施の27パーセントを【NPO法人支援寄付金】として頂きたい。
②位牌の斡旋をされたようだが、次回からは遠慮してくれ。
③喪主にはNPO法人が介在していることを伏せておくように。 

 拙僧は「葬儀ビジネスを否定するつもりはないが、他者を欺くような偽善行為は許されない。悪と偽善は偽善の方が罪深い。悪は姿が見えるが、偽善は見えない。位牌だって斡旋じゃない。より安い方が喪主が喜ばれるだろうと提案しただけであって、その葬儀社が位牌の注文を受けたとしても最低ランクの位牌を高額で販売するのではないですか?支援寄付金って・・・聞こえはいいが結局リベートよこせって話でしょう」

「なにがより良い葬儀を支援するだ! 偽善的に見えます」と言って帰ってきた。

 その後、喪主は私が葬儀社関係者だと思っていたので、「一回も関わったことがない葬儀社で云々」経緯と事情を説明した。 驚いた喪主曰く「葬儀社の低価格ありきで話を進めた」そうである。

 葬儀社は「お布施の安い僧侶を紹介できますのでご安心ください」といって葬儀契約をしっかり獲得し、裏では生活に困窮している方がお困りだと言ってNPO法人を使って僧侶を捜していた。
 
そして葬儀社からアンケートを書かされたそうである。「僧侶の爪は清潔だったか?頭髪の長さは?法話の点数?お経の声は良かったか?総合的に良い僧侶だったか悪い僧侶だったか?」

後にそのNPO法人担当者から依頼電話が数回あった。以前関わったことをすっかり忘れているようだ。商品と化した僧侶に対してその場しのぎの対応をしているのだろう。


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葬儀の布施など言いにくいことだが・・・信頼関係が大切。

 僧侶と檀信徒は信仰心も勿論大切だが、何より信頼関係ありきで相互関係が成立する。法施と財施という言葉がある。僧侶が法を説く布施に対し、在家がそれを支援するべく物財を布施するといった関係である。僧侶はあの世のことを見たかのように語るが当の本人はあの世の記憶がない。経説や経験から引用して伝えている。だから「仏飯を食べる」というのだろう。魂入れをするといっても、位牌から位牌に青い炎が移る姿も見えない。霊感商法と紙一重である。だからこそ、高い倫理性と、仏教教理哲学の体得が求められるのである。法を説き続け、病院や学校と同様に檀信徒に必要と感じてもらわねばならない。
 近年は寺と檀家の関係が希薄になった。特に都市部ではその傾向が著しい。拙僧は住職就任より今日まで、常に檀信徒と僧侶が家族のような関係を築いていけるよう心がけてきた。あれから10年が過ぎたが、拙寺ではようやく全てとは言わないまでも、信頼関係を構築することが出来た。お寺にも気軽に立ち寄っていただけるようになった。こちらが様子伺いに急に電話をしても、怪しまれることも少なくなった。
 お寺といえば「坊主丸儲け」や「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」といって金銭トラブルがクローズアップされることが多い。結局このトラブルも信頼関係の欠如から起こると思う。良く葬儀の布施相場を尋ねられるが、「寄付行為で寺院が維持されているので、多ければ素直に有り難いです。ただこのような返答ではお困りでしょうし、一年間の運営を考慮するとこれくらい奉納いただくと助かるのは事実です。しかし、お考えもありますでしょうから分相応にご協力いただければ結構です」とお答えする。拙寺は檀信徒に会計報告をしているので、よく理解していただける。
 形無いものへの布施だけに難しいかも知れないが、対価ではない。はじめてのご縁の方には「正直100万円を奉納していただいた時もありましたし、5万円の時もありました。これだけ額に差があっても拙僧の葬儀行為に一切変化はありません。袈裟の色、読経の質や時間、葬儀中の意識、法話、法号等全て金額には左右されません。まったく同じです。当たり前のことです。ただし、なんだ!だったら数万円でも出来るんじゃないか!値切れるんだな!といった考えはしないでくださいね」といって先述の話をする。
 以前生活が苦しいのでほとんど協力できないと言われたが、構わないといって精一杯葬儀をさせていただいた。すると、初七日が終わったら「本当に有り難かった。親戚一同非常に喜んでいる」と言って追加で奉納下さった方がいらした。おしみのない布施。僧侶冥利に尽きるとはこのことだ。収入ではなくその気持ちが嬉しかった。功徳を積ませていただいた。
 これらのことは、全て信頼関係があってこそ成立する。当たり前に安易に戒名料やランクを付けて葬儀をする寺院も多く、施主も煩わしいよりは、そのような淡泊な関係を望み、ギブアンドテイクで物事進んでいるようだが、これは末期症状である。常識は多数派が決定する。合理主義の美名の元、家族葬や直葬、無葬儀、散骨が現状以上に増加し、市民権を得て常識になってしまったら、その時は時既に遅し。あぐらをかいている僧侶が右往左往しても誰も認めてくれないだろう。
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住職雑記 供養のあり方

 墓石にカイロが張ってある話を聞いた。無意味と笑う者もあろう。しかし見えない対象への温かい親心である。千の風になってが流行って、お墓を建てるのは非合理的であるような風潮が蔓延してしまったが、合理化の美名の元に「心を養う行為」が失われていく様を情けなく思う。
 最近は散骨を望む者も多いが、宗教的に無執着の発想か?親鸞聖人は顕彰されたくないので遺骨は捨ててくれと遺言した。肥だめに捨てても怒らないだろう。現代人ではどうか。釣り好きで海、山好きで山。結局執着の延長である。日本の国柄には墓地も感性を磨く素晴らしい道場になりうる。塔を建てて供養すべし『法華経神力品』
 墓地不要論者はチベットの鳥葬を引き合いに出すが、彼らは徹底した宗教理解と信仰心に基づいている。日本人にはそれがない。同じものさしで、はかることからして違う。

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